共有型意思決定支援ツール

4.共有型看護相談モデルの概要

1)がん患者の意思決定プロセスを共有するための基礎的知識

知識1:意思決定って何だろう

意思決定(decision making)とは、一定の目的を達成するために、複数の代替手段のなかから1つの選択をすることによって行動方針を決定することを意味しています。そして、意思決定を扱う事象ごとに分類すると、状況的意思決定、医学的意思決定、ベイズ意思決定の3種類があります(表1参照)。

表1:意思決定を扱う事象ごとの分類

状況的意思決定 意思決定の問題を完全に理論的に解決するのは不可能である。それは人間が論理と直感の混合した存在だからであり、「問題」の表し方、切り取り方自体が、対象が一通りでも千差万別で無限にあるからである。同一問題でも切り取り方(framing)により結果が異なる。
医学的意思決定 医学や医療の分野において、判断という行動が診断とよばれ重要な位置づけとなっている。診断は決断という面を含むこともあるが、これらは総称して医学的意思決定と呼ばれる。検査や測定の結果など。
多くの量的側面がある。一つのひとつの意思決定が、個別的で特有の状況のなかで行われ、量的というよりも質的な側面が優越しているとしても、医療や医学が一つの科学であり、方法である以上、量的、数理的側面ももつことになる。
ベイズ意思決定 不確実性のもとでの決定である。統計的決定理論は「不確実性のもとでの決定」を主として扱う理論である。
意思決定モデルとしてはかなり完成度の高いモデルであり、従来より多くの社会科学の分野から、人間行動のひとつの理念型を与えるものである。

がん患者さんの場合、がんの進行や治療の奏効率など不確実性を伴う条件をもとに療養方法を選択することになるため、状況に応じて意思決定の種類が異なってくるといえます。
また、意思決定のプロセスは、①問題と状況の把握、②目標水準の設定、③目標達成(問題解決)のための行動可能案(代替案)の探索、④各可能案の結果の予測、⑤予測結果の評価に基づく選択的決定からなるといわれています。
さらに、行動論的視点から意思決定プロセスを概観すると(1)不均衡の知覚、(2)診断、(3)問題の定義、(4)解決策の選択、(5)実施の一連のプロセスといわれています。
この中で、「不均衡の知覚」は、単に外部的刺激自体だけでなく意思決定者自身の準拠枠にも影響されるプロセスであることが指摘されています。
準拠枠とは、態度、価値、信念、目標などであり、意思決定する人が自らの準拠枠を正しく自覚することにより扱う問題を客観的に見ることができるため、適切な意思決定を導くためにきわめて重要なことであるといわれています。
つまり、患者さん自身が自分の価値観を自覚して意思決定を行うことが重要ということになります。

知識2:患者さんの意思決定プロセスを共有する方法の捉え方

O'Connorは、患者が自身にとって必要で十分な情報を獲得し、最終的に納得のいく決断をするためのOttawa Personal Decision Guide(意思決定ガイド)を作成し、医療現場において多くの実証研究が行われています。
このガイドは、①意思決定を明確にする、②意思決定における自分の役割を特定する、③自分の意思決定のニーズ(準備状態)を見極める、④選択肢を比較検討する、⑤次のステップを計画する、の5段階で構成されています。
その後、意思決定支援の研究が進む中、医療者が患者の意思決定を支援するという考え方ではなく、患者と医療者間で意思決定を共有するShared decision making(SDM)という考え方に移行しています。
米国予防サービス・タスクフォースでは、SDMを「患者と医師による特定の意思決定プロセス」と定義し、患者の要件として、①避けるべきリスクや病気または状態の重大性について理解していること、②予防サービスや含まれるリスク、利益、代替案(選択肢)、不確実性について理解していること、③可能性のある利益や害と考えている自分自身の価値についてよく吟味していることがあげられています。
これは、患者さんが自分の病状、選択肢、価値観などについて向き合う時間をもつことが重要であることを意味しています。SDMでは、医師と患者がパートナーとなることや医師が患者の視点を引き出したり反応したりすることに責任をとることなどが推奨されています。そして、決定に関するニーズ(すぐにするのかしばらく様子をみるのか)、疾病の状況(予防もしくは治療)、決定に関わる人(患者と医師、患者と医療従事者のチーム、その他家族など)に応じて、SDMのあり方が異なってくることが指摘されています。
これは、意思決定の共有の仕方は一定ではなく、患者さんの状況とそれに関わる人々との関係性の中で変化することを意味しており、このことを医療者が理解して意思決定支援に関わることが重要といえます。
このように、意思決定プロセスを共有することは、看護者が行うケアリングを基盤とした看護に類似するところがあり、意思決定支援で看護者の果たす役割は大きいといえます。

知識3:看護療養相談における意思決定支援とは

医師と看護師の援助機能の違いは、医師が疾患を診断し治療する役割をとるのに対して、看護師は患者の治療的環境を整えるために説明したり、安心させたり、理解したり、支えたり、受け入れたりする役割をとると述べられています。
さらに、看護師には医師の活動を患者に伝える役割、患者の状況を医師に伝える代弁者としての役割、患者が自分の体験の意味を表現できるように促し共感する役割があるといわれています。
このように、看護者のもつ「援助機能」は、単に医師と患者の間で調整的な役割を果たすことだけではなく、患者のもっている力を引き出しながら状況に応じた援助を行うことです。Bennerは看護実践領域の役割の1つに「援助という役割(The Helping Role)」をあげています。
この役割の中で看護相談と特に共通すると考えられるものとしては、①「癒しの関係:癒しのための環境作りと癒しへの積極的関与(Commitment)の確立」、②「現存:患者と共に在ること」、③「回復過程への患者自身の参加と自己コントロールが最大限に発揮されるようにすること」、④「身体接触を通して安楽をもたらし、コミュニケーションを図る」の4つがあげられます。
これらの役割について、がん療養相談場面で意思決定支援を行う時の具体的なケアに置き換えてみると、以下のとおりとなります。

例1)
表出された感情への対応:患者から表出された感情に反応しようとするのではなくまずは受け止める、待つという姿勢の必要性を伝える。

例2)
感情を整理した後に情報を伝える:患者の価値観を把握し、患者の生活上の影響要因を軸に各治療法について選択肢として提示していく。選択肢のメリットやリスクのみを伝えるのではない。

例3)
現在のがん医療の状況を踏まえて、患者個人にとって実現可能な範囲を探しながら意思決定支援を行う。

2)がん患者の療養上の意思決定プロセスを支援する共有型看護相談モデル

本モデルは、看護師ががん患者の意思決定プロセスを共有しながら支援する技術を体系化した看護相談モデル(図1参照)です。
本モデルの適応となる意思決定場面とは、治療方法、症状マネジメントの方法、治療に取り組むための日常生活調整、療養の場、コミュニケーションの図り方、社会復帰の方法などを選択していくプロセスとしています。

図1:がん患者の療養上の意思決定プロセスを支援する共有型看護相談モデル


患者の意思決定プロセスに看護師が関与していくための基本的な考え方としては、患者のおかれている状況と看護師がおかれている状況をお互いに把握しておく必要があります。
図1は患者の状況を左、看護師の状況を右に記載しています。それぞれの状況下で行われることを上から下へ段階的に表記し、中央の円が重なり合った部分には患者の意思決定に向けて看護師が行う具体的な支援内容を記載しています。

患者の状況(図1左)としては、①不均衡状態の知覚(何らか意思決定しなければならない状況に気づく、問題の整理ができていない場合がある)、②内的変化(看護師の関わりにより役割、目標、価値観などが明確化する、コントロール感覚をもつことなど)、③今後の見通しを立てる(方向性が見つかる、気持ちが安定するなど)という段階的変化があります。

一方、看護師の状況(図1右)としては、①意思決定サポートが必要な患者を認識する、②意思決定支援をケアリングとして行う姿勢になる(患者の状況に意図性をもって沿う、意思決定にまつわる、患者・看護師それぞれの役割を明確にする、専門家の視点にもどり、患者の状況を確認しながらケアを提供する)、③フォローアップ(患者が意思決定した結論を尊重し見守る)という段階的な取り組みがあります。
このように、看護者は患者の意思決定プロセスを共有しながら支援していくことになります。
患者の意思決定に向けて看護者が用いる療養相談技術(図1中央)としては、①感情を共有する、②相談内容の焦点化につきあう、③身体状況を判断して潜在的な意思決定能力をモニターする、④自分らしさを生かした療養法づくりに向けて準備性を整える、⑤治療・ケアの継続を保障する、⑥患者の反応に応じて判断材料を提供する、⑦情報の理解を支える、⑧周囲のサポート体制を強化する、⑨患者のニーズに応じた可能性を見出すという技術があります。

これらの技術は患者の状況、反応、相談内容に応じて用いることになります。この中で、看護師が患者の身体状況を判断して、潜在的な意思決定能力をモニターする技術は、意思決定支援プロセスの全段階において一貫して必要な技術となります。各技術の詳細については、次項で説明します。

意思決定を支援する留意点として、セルフケア能力が低下している人、高齢者などの場合には「自分自身では意思決定せず、誰かに決定を委ねる」というスタイルの場合もあるということを認識しておく必要があります。

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