共有型意思決定支援ツール

がん患者の療養上の意思決定プロセスを支援する共有型看護相談モデル(図1)の全体像は、前項で説明しました。ここでは、患者の意思決定に向けて看護者が用いる療養相談技術(図1中央)について具体的に説明します。技術は、①感情を共有する、②相談内容の焦点化につきあう、③身体状況を判断して潜在的な意思決定能力をモニターする、④自分らしさを生かした療養法づくりに向けて準備性を整える、⑤治療・ケアの継続を保障する、⑥患者の反応に応じて判断材料を提供する、⑦情報の理解を支える、⑧周囲のサポート体制を強化する、⑨患者のニーズに応じた可能性を見出すという9つの技術があります。

がん患者の意思決定支援場面における看護療養相談技術は図2に示すとおりとなります。 はじめに、感情を共有する、相談内容の焦点化につきあうという2つの技術を用いて、意思決定支援の方向性を明確にします。 その後、 内にある5つの相談技術を患者さんからの相談内容に応じて必要度の高い技術から提供し、次にその他の技術を循環させて用います。この時、看護師には必要度の高い技術を見分ける能力が求められることになります。 さらに、5つの技術は一定の循環サイクルとして用いるのではなく、患者さんの状況や反応に応じて強弱をつけながら複数の技術を同時に用いていることもあります。 そして、最終的には【患者のニーズに応じた可能性を見出す】ことにより、意思決定というゴールを患者とともに導き出すことになります。 しかし、一度意思決定の方向性が定まったとしても、がんが進行した場合、患者さんの自我エネルギーやセルフケア能力が低下している場合、療養相談場面で扱う問題の性質が複雑な場合には、状況に応じて感情を共有する技術にもどり、同様のプロセスを繰り返しながら意思決定支援を行うことになります。

 

図2:がん患者の意思決定場面における看護療養相談技術

ここでは、各技術の詳細についてご説明します。

相談技術1:感情を共有する

ケア内容 具体的ケア例
感情を浮かび上がらせる
感情の表出を促す

自分の感情に気づくことができるように感情を確かめる作業を共に行う

面談中に変化していく患者の気持ちを確認する

治療に向き合えるよう気持ちの整理をする

表出された感情と向き合う
現在の気持ちをそのまま受け止める

不安・恐れ・落ち込み・受け止める

抑圧された感情の表出を促す

感情を引き起こしている原因を探る

気持ちの確認作業につきあう

患者自身が対話の中で自分の気持ちに気づく時を待つ

感情的な反応が安定するのを待つ

感情を受け止める
患者の表出した焦り・戸惑い・疑心暗鬼・不信感・拒否感・抵抗感・悲観・希望などの感情を受け止める

順調な回復を共に喜ぶ

これまでの療養生活をねぎらう
これまで頑張ってきたことを労う

肯定的なフィードバックをかえす

相談技術2:相談内容の焦点化につきあう

ケア内容 具体的ケア例
療養状況にまつわる価値観の確認
患者のニーズや大切にしている価値観を確認する

ライフヒストリーを聞きながら問題の背景要因となることが表出できるよう促す

潜在的に抱えている問題の表面化につきあう
ニーズを読み取る

気持ちの確認をしながら整理をする

患者の気がかりな部分を引き出す

複数の問題を抱えている場合には問題間の関係性を整理する

問題の本質を見極めながら優先度の高い問題を導き出す

問題に直面して生活や精神に影響を及ぼしている状況を浮かび上がらせる

誤解や混乱している部分を解きほぐす

共有すべき問題の点検
関連要因のアセスメント

優先度を見分ける

患者にとってサポートが必要な部分を見定める

家族からの要望が強い場合には患者の意向確認を促す

患者が抱えている問題の中で医療者が介入できる部分を明確化する

患者の療養生活に対する認識を認め肯定的な評価をかえす
患者の療養生活についてできている部分を認め、ポジティブフィードバックする

意思決定に猶予を与える
最終的な意思決定をするまでに時間的猶予があることを提示する

誤解している認識を解きほぐす
認識の誤っている部分を修正するため正確な情報を随時提供する

相談技術3:身体状況を判断して潜在的な意思決定能力をモニターする

ケア内容 具体的ケア例
セルフケア能力の査定
患者のセルフケア能力、理解力、問題解決能力などを査定する

療養生活における対処方法を確認する

意思決定を阻害につながる身体状況のアセスメント
心身のアセスメント

症状の誘発要因の探索

意思決定を阻害している要因の探索

病気や治療にまつわる現状の確認

治療経過・病状認識・知識量などの確認

潜在的な意思決定能力をモニタリングする

相談技術4:自分らしさを生かした療養法づくりに向けて準備性を整える

ケア内容 具体的ケア例
患者の基準にあった生活のあり方を導き出す
今までの生活を尊重する

これまで患者が行ってきた療養生活上の方略を確認する

患者の療養生活に対する構えを確認する

身体感覚のとらえ方を確認する

患者の方略をもとに今後の療養生活の方法について共に考える

患者のQOLを維持できるラインをともに考える

患者の受け入れ可能なラインをともに検討する

患者の意思・価値観を尊重できるかたちでの療養法を模索する

家族の要望が強い場合には患者の気持ちを家族へ代弁する

調整を図りながら可能な対処法を見出す
セルフケア能力が発揮できるような療養方法を提案する

治療に伴う副作用を想定し対応策を共に考える

生活設計を実現できる対処法を検討する

治療に専念できる環境調整について検討する

他者のサポートとして受け入れられる範囲を探す

療養生活と向き合うための調整を図る
気持ちを安定させる方法を伝える

治療中の活動と休息バランスを調整する

身体感覚の感受性を高める

心身のリラクゼーションを促す

症状をモニタリングして医療者に伝えることが治療上必要であることを伝える

患者自らが療養生活に取り組むための構えづくりにつきあう
先の見通しが立てられるよう多角的観点から情報提供を行う

患者の特性に応じた方略を具体的に提示する

今後の療養生活についてイメージ化を促しながらシミュレーションを行う

行動に移せない場合には代行する

相談技術5:患者の反応に応じて判断材料を提供する

ケア内容 具体的ケア例
情報提供するタイミングを図る
患者が情報を受け入れられる時期を見計う

患者にとっての判断基準を引き出す

情報提供前に判断能力を確認する

問題解決に必要な情報を確認しながら見定める
患者の目標を達成するためのサポート方法を見いだす

情報の妥当性を確認する作業につきあう

患者の反応を見ながら提供する情報量を調節する

患者の意思、反応、認識、理解度、価値観、家族の介護力を確かめながら少しずつ情報を提供する

患者が生活の中で目標にしていることが実現できるような情報を提供する

選択肢の内容を正確に理解して判断できるよう情報を整理しながら提供する

視野を広げて考えられるように配慮する

疑問点に関する情報を補足しながら情報提供を進める

情報を整理しながら選択肢を提示する

患者が何得できるまで情報提供を繰り返す

患者が活用できる情報を提供する
サポート力に応じた情報を提供する

治療や症状に個人差があることを説明する

信頼性のある情報にアクセスできるようリソースを紹介する

必要性を感じたときに情報に自分でアクセスできるようリソースを紹介する

選択肢の内容をバランスよく説明する

見通しを立てた情報提供を行う

今後起こりうる可能性があることについてイメージ化を促す

客観的指標を一意見として伝える
専門家としての判断をその根拠も含めて一つの意見として提示する

最終的な治療選択には医師の判断が必要であることを伝える

対処の緊急性や重要性を伝える
予測できる有害事象をあらかじめ提示し早期対応の必要性を示す

相談技術6: 情報の理解を支える

ケア内容 具体的ケア例
理解しづらい部分をひも解く
患者が関心をもっている情報を確認する

患者にとってわかりづらい部分を探る

理解しにくい部分の情報を補足説明する

必要な情報を理解しやすいかたちに置き換える
誤って認識している部分を修正する

不足している情報を補足説明する

一般的な情報を提示しながら情報を整理する

医学用語をわかりやすく解説し身体の理解を促す

治療方針がイメージできる情報を提示する

モニタリングに必要な情報の意味を伝える

意思決定に向けて情報を整理する

今後の療養生活について見通しが立てられるよう情報を付け加える

患者のセルフケア能力や心的エネルギーの状態を見定めながら情報提供する

少しずつ情報を提供する
情報量を調整する

情報を分割して段階的に提供する

選択すべき方向性が決定した段階でさらに情報を提供する

医学的な知識を理解して判断する方法を伝える
患者の判断能力を確認しながら、関連する医学情報を提供する

相談技術7: 治療・ケアの継続を保障する

ケア内容 具体的ケア例
関連する医療者間の連携を強化する
医療スタッフ間の連携を図り、意思決定にまつわるケアが継続できるよう調整する

意思決定にまつわる継続的なサポートを保証する

地域医療連携の方向性を見出す
治療を受ける場所が変わっても継続したケアが受けられるよう調整を図る

サポートの求め方を伝える
受診の目安、医療者の活用方法など身体状況の変化に合わせたセルフモニタリング方法について提示する

在宅療養における急変時のサポートの求め方を提示する

段階的な取り組みが必要であることを伝える
新たな生活を再構築するために段階的に療養方法を整えていく方略を提示する

相談技術8: 周囲のサポート体制を強化する

ケア内容 具体的ケア例
サポート内容のバランス調整を図る
患者の意思決定にまつわるニーズ、身体状況、利便性、効率性に合わせた対応ができるよう部門間の調整を図る

患者が活用できそうなソーシャルサポートネットワークに応じてサポート内容を調整する

セカンドオピニオン外来受診の調整を図る

活用できる可能性のあるリソースを示す
意思決定にまつわる継続的なケアが行える専門家へ繋ぐ

患者に必要なソーシャルサポートについて検討する

医療者の活用を促す

治療実施施設に関するリソース紹介する

患者にとっての重要他者を支える
家族がサポート者になれるよう気持ちの整理の仕方や患者のサインを読み取る方法を伝える

家族に患者の気持ちに向き合う方法を伝える

患者と家族の意見の相違点を明確化し調整を図る

家族に具体的な療養方法を示す

患者に真実を伝えることの必要性を家族に伝える

患者の状況に合わせた家族としてのサポートのあり方をともに考える

家族のサポートに意味があることを伝える

相談技術9: 患者のニーズに基づいた可能性を見出す

ケア内容 具体的ケア例
患者のニーズを汲み取り限界ではなく可能性を見出す
がんの進行に対して戸惑う気持ちを受け止め今後の方向性を見出す

患者の変化を読み取りながら解決の糸口を見つける

治療以外にできることを見出す

あらゆる角度から可能性を探る手伝いをする

今後受けられるケアについて方向性を見出す

現状で可能な解決策を提示する
がんが進行した場合でも、現状を少しでも解決できるよう対処方法を探し提示する

患者のニーズを読み取り関連情報を提供する

現実的な行動の意思を強める
一つの方法を選択した場合の生活のイメージ化を促す

見えてきた方向性を確認する
患者の認識や心理的反応を確認しながら、後の生活上の留意点についてともに確認作業を行う

このように、意思決定支援場面で看護師が用いる相談技術としては9つの技術があります。中でも、相談内容の焦点化につきあう技術は意思決定支援の方向性を見定める点において重要なポイントとなります。
また、身体状況を判断して潜在的な意思決定能力をモニターする技術は、意思決定プロセスの全段階において継続して用いる技術として位置づけられます。
看護師の向き合い方としては、患者が主体的に意思決定出来るように常に患者を巻き込みながら9つの技術を用いること、患者の意思決定プロセスを共有する中でそれぞれの役割を明確化しながら患者のセルフケア能力に応じた支援を行う姿勢が大切といえます。

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